この旅で行ってみたい場所があった。
朱鞠内である。
朱鞠内といえば道内でも屈指の豪雪地帯である。
が、そういう意味ではなく、もっと個人的な理由で行きたいと思っていた。
自分の父は若い頃、朱鞠内の今はなきとある宿のヘルパーをしていた時期がある。そして、自分が実家にいたころ、そのころの父の旅仲間がたびたび家に訪れては、思い出話に花を咲かせていた。やはり気候のせいか、冬の方がエピソードが多かったと思う(というか冬以外は昼間から酒飲んでギャンブルまがいのトランプゲームをしていた話しか知らない)。
そういう話を聞いて、いつかは自分の目で見て確かめてみたいと思うようになった。だから、冬の朱鞠内に行ってみたかったのである。
この日の天候は曇り。
ただし風はない。
宿のある士別から朱鞠内まではどこかしらの峠を越えなければならない。風がない、つまり吹雪かない日にしたいと思っていた。それがこの日だった。
この日のルートは以下の通り。
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温根別町から道道251号線、雨竜旭川線で朱鞠内を目指した。
時々民家、それ以外は林と森しかない |
次第に雪深くなる |
途中からは民家もない ひたすらに静かだった |
名も無き峠を越えて幌加内町へ |
深名線なき今は、国道275号線にバスが走る |
かつて父がヘルパーをしていた宿だった建物の前に着いた。
断熱がとても悪い古い建物だったらしく、室内でもとても寒く、ダイヤモンドダストが見たいという客に「廊下で見られるよ」なんてロマンティックのかけらもない案内をしたり、朝ごはんに2人前の目玉焼きを作ろうと卵を出していたら、1人目の目玉焼きを作っているうちに、2人目の卵は凍ってしまうほどの冷え込みだったとか、そもそも冷蔵庫は凍らせたくないものを入れておくところだったとか、そういう話は古典落語のように聞いて育った(酔っぱらいのおじさんは大抵同じ話を繰り返すものである)。
実は、ここへは二度訪れたことがある。
一度目は幼稚園児で、二度目は小学校一年生だった。いずれも夏だった。僕はまだふきの大きな葉っぱを傘にできるくらい小さくて、クワガタばかり追いかけて辺りの木を蹴とばしていた。アカアシクワガタが捕まえられたのが、心の底から嬉しかったことをよく覚えている。
あれからもう20年弱経った。
ここへ一人で来られるくらいの大人になった。
父の若い頃に思いを馳せるような大人になった。
冬の北海道では、自転車に乗っているときよりも徒歩のほうが転びやすい、というのはよく言われる。北海道へ来るまでは疑う気持ちもあったけれど、三度目の訪問となれば、疑う心は起きてこない。
要するに、この橋を歩いているときに転んだのだ。
自転車を入れて写真を撮ろうと、自転車を置いて数歩。あっと思った瞬間、重心が後ろに傾くのと同時に目の前に空があった。カメラを持っていた右手をちょっとだけ浮かせていたあたり、本能は侮れないなどと思った。
背中越しに感じるひんやりとした雪が気持ちよくて、しばしそのまま寝転んでいた。冬の北海道に来たんだなあ、と妙な実感が心を満たしたのをよく覚えている。
朱鞠内を後にして国道275号線を北上。
朱鞠内橋から朱鞠内湖を眺める頃には低い雲が垂れ込め始めていた。天気の移り変わりは早い。先を急いだ。
森の中をひたすら北上する |
ときどき朱鞠内湖が見える |
冬の北海道で最も怖いのは、視界不良だと思っている。轢かれやすくなるからだ。母子里の辺りで降雪が強くなった。時間に余裕はあった。無理する必要はない、と判断して「母子里クリスタルパーク」で休憩をとることにした。
母子里クリスタルパークは、1978年(昭和53年)2月17日、幌加内町の母子里地区で、日本最寒気温となるマイナス41.2度を記録したことを記念して作られた施設だ。ちなみにこの日は-5℃程度だった。
各年に観測した最低気温が張り出されていた。揺れはあるものの、だんだんとでも確実に最低気温は上がっていたのが印象的だった。
後日、朱鞠内に訪れたことを父に伝えると、気温はどうだったと聞かれた。-5℃だったと伝えると「暖かいな」と言っていた。
写真では、自分の技量不足で大したことのないように見えると思う。自分の下手さが本当に悔しい。でも、ここから見た景色は今年の冬の北海道で三本の指には確実に入る。本当に良かった。
腹を満たして駅前に戻るとすっかり夜の帳が下りていた。
深名線への愛を感じた |
雪が多少弱まったところでリスタート。
ここから標高443mの美深峠への登りになる。
降ったばかりの雪が路面を覆っていた。トルクをかけて一生懸命漕いだところで後輪が空転するだけ。ゆっくり淡々と登ろうと心に決めてゴーグルを着けた。
雪景色で、最も好きなのは深い森かもしれない。
美深峠を越えた先に、谷を越える橋がいくつもかけられている場所があった。ここから見た景色が忘れられない。とても良かった。比喩ではなく、どこまでも続いているのではないか、と思うような深い森に、白く雪がかぶる。
峠から美深市街地まではずっと下り |
天塩川を越えると美深の町 |
美深駅に着いた瞬間に旭川行きの電車が発車した。
次の電車を見ると3時間半後。お昼もまともに食べていない。近くのご飯屋さんで腹を満たすことにした。
スープカレーラーメン |
明日はどこへ行こう。
つづく。
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